陳腐だが、原作には忠実 卍(まんじ)

卍 まんじ
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 谷崎潤一郎の「卍(まんじ)」といえば、私の年代では樋口可南子と高瀬春菜の映画をまず思い浮かべる。実際にビデオを借りて見たのはもう20年以上も前のことなので、ストーリーについては全く記憶がない。しかし、週刊誌のグラビアなどで期待を膨らませていたのがかえってアダとなり、がっかりしたことは憶えている。そのときの一番の原因は柿内園子を演じた高瀬春菜があまりにもふくよかすぎたことか。ぽっちゃりした女性が好きな人にはよかったかもしれないが、二十歳前後の若者には魅力的には思えず、樋口可南子の魅力と相殺してもマイナスの方に針が振れてしまった。
 谷崎潤一郎の小説については、高校生の頃には既に読み始めていた。何しろ最初に買った文庫本は、外国小説ではルブランの『怪盗ルパン』、日本の小説では谷崎の『春琴抄』である。もっとも、『春琴抄』を買ったのは薄くて安かったからで、小学生の小遣いでも買うことができたのだ。しかし、中身に関しては小学生には難しすぎた。山口百恵と三浦友和の映画が公開された直後で、何とかストーリーを追おうと努力したが、きちんと最後まで読み通したのはだいぶあとのこと。
 大学までに文庫本で出ている谷崎の作品はほぼ目を通していたが、大学院でも1年間にわたって谷崎潤一郎を演習で取り上げたので、マイナーな作品にもけっこう触れることはできた。とはいえ、何かのために読んだ読書というのは、その場の読後感の他はほとんど痕跡を残さない。20年近く谷崎の作品から離れているので、メジャーな作品でも曖昧な印象だけしか残っていなかった。

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 今回、このDVDを見て、あまりにも学芸会然とした秋桜子の演技と大阪弁に愕然とした。谷崎文学の耽美な世界のかけらすら見られない。我慢して最後まで見たが、エロティシズムはもちろん、人間の愚かさや哀れさのようなものもさっぱり伝わってこなかった。
 そこでどうしても原作の『卍(まんじ)』を確認する必要を感じ、たっぷり3時間をかけて読み直して再度愕然とした。実は井口昇監督、しっかりと原作を読み込んでいるのだ。園子が夫婦の寝室に光子を招き入れる、前半の最も馬鹿げたシーンなどはその典型で、原作をかなり忠実に映像化している。さらにいえば谷崎のややいい加減な大阪弁にしても、そのままいい加減に再現しているといっていいのかもしれない。『痴人の愛』や『刺青』と並んでドキドキしながら読んだ『卍(まんじ)』も本当はこんなに陳腐な作品だったのか!
 などと言ってしまうと少し大袈裟かもしれないが、それくらい映像の力は大きいのだ。原作のテーマでもある、谷崎が驚嘆した「大阪の女」の妙な色気については表現しきれていないし、最後の最後まで自分が光子と夫に騙されているのではないかという園子の思いもラストからは感じられない。

 忠実な映画化を狙った意図は十分に伺えたが、人間の滑稽さ、愚かさを感じさせるにも、やはり演技力は必要なのだ。演技力がなかったとしても違和感を抱かせない存在感や美しさ、淫靡さを感じさせるものがあればいいのだが、その点でも物足りない。
 それにしても野村宏伸、たまたま目にした「花と蛇」の次の出演作がこの作品。彼だってキャリアのある俳優であり、しかも吉村実子まで出ているのだが、この2人でも主演の2人を引き上げることはできなかった。

 ジャケットの写真は合格。これだけである程度レンタルの回転は稼げるはず。

作品データ
監督:井口昇 出演:秋桜子、不二子他 製作年:2005年 製作国:日本


卍 まんじ [DVD]
アートポート
2006-04-28

ユーザレビュー:
レベルが低すぎます。 ...
谷崎はB級映画がよく ...
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